まず、この話から片づけてしまいましょう。『サイドウェイ』は、Merlotにひどい仕打ちをしました。観たことがあれば、あのセリフを覚えているはずです。たったあの一場面と、Paul Giamattiの不機嫌な顔で、アメリカにおけるMerlotの評判は一夜にして地に落ちました。ただ、本当の被害者はMerlotではありません。ろくに向き合いもせずに切り捨ててしまった、飲み手のほうです。
はっきり言ってしまいます。いま、いちばん好きな品種はMerlotです。 もちろん、スーパーの棚に並ぶ、締まりのない平板なワインが好きだという話ではありません。最上のMerlot、とりわけボルドー右岸やトスカーナの丘から生まれるものは、艶やかで、複雑で、いつまでも飲んでいられます。少しだけ口説かせてください。手をかけて育て、丁寧に造られたMerlotは、本当に魔法のようなのです。
黒つぐみが飛び立つまで
生まれも育ちもボルドー。文献に現れるのは1784年までさかのぼります。名前の由来はフランス語で「小さな黒つぐみ」を指すmerle。実の色が深いからとも、黒つぐみがこの実をやたらとついばんだからとも言われます(気持ちはわかります)。のちに遺伝子研究が明かしたところでは、MerlotはCabernet Francと、Magdeleine Noire des Charentesというごく珍しい品種のあいだに生まれた子どもでした。
長いあいだ、ボルドーのブレンドで主役を張っていたのはMerlotです。そう、Cabernet Sauvignonこそ王だという騒ぎは、わりと最近の話でしかありません。しなやかなタンニン、みずみずしいプラムとチェリーの風味、そしてCabernetには冷たすぎ、湿りすぎる土壌でも実る強さ。Merlotはこの地方の働き者でした。
『サイドウェイ』事件と、Merlotが敬遠される本当の理由
1980年代から90年代にかけて、とくにカリフォルニアでMerlotの植え付けが爆発的に増えました。その結果、薄めて量産された退屈なMerlotが、世界中のスーパーの棚に雪崩れ込みます。Merlotが生まれつき退屈だったわけではありません。造られていたものの多くが、単純に出来が悪かっただけです。『サイドウェイ』は、ワイン好きがすでにささやいていたことを、言葉にしてみせたにすぎません。売上は落ち、畑は引き抜かれ、代わりにPinot Noirが急上昇しました(もっとも、その新しいPinot Noir党の大半はブラインドで当てられなかったはず、というのが持論です。それはまた別の話ですが)。
「いちばん出来の悪い例で、Merlotを裁かないでください。良いものはちゃんとあって、払った額に見合います。」
本物のMerlotは、どんな味がするのか
まっとうなMerlot、とりわけ古典的な産地のものには、赤ワインに求めるものがすべて揃っています。ふくよかでビロードのような舌ざわり。たっぷりの赤と黒い果実(プラム、ブラックチェリー、ときにブルーベリー)。チョコレート、モカ、ときにエスプレッソの気配。ローリエ、トリュフ、杉、オリーヴ。そして最良の場合には、全体を地に着けておく土とミネラル感の筋が、一本きれいに通っています。
Merlotはよく「やわらかい」と説明されますが、これは誤解を招く言い方です。ふさわしい土壌、たとえばポムロールの粘土や、トスカーナの一部の区画で育てば、最上のCabernetに並ぶ骨格と熟成能力を持ちます。Cabernetが角張って背筋を伸ばしているとすれば、Merlotは使い込んだ革の肘掛け椅子です。しっかり支えてくれるのに、つい沈み込みたくなる。
ボルドー、Merlotの故郷
Merlotがもっとも高みに届くのは、ボルドー右岸です。ポムロールでは文句なしの主役で、ふくよかで密度の高いワインが、熟成とともにトリュフ、ダークチョコレート、湿った土の香りをまとっていきます。世界でもっとも伝説的で、もっとも高価な部類のボトル、PétrusやLe Pinは、ほぼMerlot一色です。サンテミリオンもまたMerlotの楽園。こちらはCabernet Francの比率が高い分、より引き締まり、より香り高く、ときにハーブの軽やかさが加わって、料理との相性が抜群になります。左岸でさえ、Merlotは欠かせない脇役です。想像よりずっと多く使っているシャトーも、いくつもあります。
トスカーナ、イタリア訛りのMerlot
Merlotがボルゲリに根を下ろしたのは20世紀半ばのこと。1970年代、スーパートスカーナの登場とともに波を起こします。伝統に属さない品種を混ぜ、イタリアのワイン法を堂々と破ってみせたワインたちです(1992年にIGT Toscanaができるまで、この革命児たちは国内屈指の出来であっても「vino da tavola」、つまりテーブルワインを名乗るしかありませんでした)。暖かく晴れた日がふくよかさを、ティレニア海の涼しい風が酸を、粘土と砂と沖積土が骨格を与えます。MassetoやRedigaffiは、コレクターにはおなじみの名前でしょう。ふくよかか。もちろん。退屈か。まさか。
新世界で、Merlotはいくつもの声を得た
斜面や山で育つMerlot(マウント・ヴィーダー、マヤカマス)には骨格と奥行きがあります。黒い果実、チョコレート、ときにメントール。谷底のものはより甘やかで、より単純。$10のボトルは、サングリアを作るとき以外は見送りましょう。
コロンビア・ヴァレーとワラ・ワラは、新世界最高峰のMerlotを生みます。異論は認めません。暑い日中、冷え込む夜、火山性とローム質の土壌。ブラックチェリー、プラム、ココア、かすかなグラファイト。ふくよかで気前がいいのに、決して重くならず、驚くほどよく熟成します。
たっぷりの日差し、アンデスが運ぶ冷気、花崗岩と粘土の土壌。みずみずしく生き生きとしたMerlotに、ハーブのひねりが加わります。青いピーマンやユーカリを思わせることも。値段との釣り合いで、これに勝つのは至難です。
オーストラリアのMerlotはふくよかで果実味豊か。ShirazやCabernet Sauvignonとブレンドされることも多くあります。南アフリカのものは土の香りが強く、オリーヴやタバコの香ばしさをまとって、ボルドーと新世界を架ける橋のようです。
名脇役にして、主役も張れる
ボルドーでは、Cabernetの鋼の骨組みに対して、Merlotがビロードのクッションになります。タンニンの角を丸め、果実味を足し、若いうちから飲めるようにする。スーパートスカーナのブレンドでも、カリフォルニアの「Meritage」でも、役どころは変わりません。おもしろいのは、伝説として語られるボトルの多くで、看板をCabernetに譲りながら、実際にはMerlotが過半を占めていること。もちろん、ポムロールやトスカーナ、ワシントン州やカリフォルニアの限られた区画から生まれる純粋なMerlotは、世界のどんな偉大な赤とも堂々と渡り合います。
食卓のMerlot、ペアリングの楽園
しなやかなタンニンと穏やかな酸のおかげで、Merlotはあらゆる皿に寄り添います。鶏や豚のロースト、きのこのリゾット、鴨のコンフィ、古典的なステーキまで。個人的な一番は、出来のいい右岸のボルドーに、完璧に焼けたラムチョップとローズマリーのポテト。何度やっても飽きません。
それでも、また手が伸びる
判官贔屓なのかもしれないし、単にこの品種の佇まいが好きなだけかもしれません。良いMerlotが差し出す奥行きと、みずみずしさと、間口の広さ。この三つを兼ね備える赤は、そう多くありません。ふくよかで迎え入れてくれるのに重くならず、いつも酸の線が一本通っていて、軽やかに持ち上がり、飽きさせない香ばしさが少しだけ残る。だから、お誘いをひとつ。Merlotを見限らないでください。 良いものを飲んでみてください。この品種が本当に敬われている土地のボトルを探してみてください。スーパーの棚が刷り込んだ思い込みは、忘れてしまいましょう。次にいちばん好きになる赤は、案外そこにあります。